動機、「なぜそういう写真を撮っていこうとしたのか」は、言うまでもなく意識的で説明できる。
行為、「なぜそう撮ったのか」は無意識的で説明は難しい、整った説明をしようとするとフィクションになる。
成果、「どんなものが出来たか」は作品をよく観察すればできる。
意義、「なぜこれを発表するか」は意識的で説明できる。しないといけない。
成果と断片的な記憶から行為のストーリーを組み立ててしまうことは起こりやすい。
動機を明確にしようと意識し続けていないと、意義も説明できないだろう。
動機と成果と意義だけを説明すればいいと思う。
また、日本人は口癖のように「上の人」とよく言う。日本の封建的な精神構造が未だに根強く残っている。そして「上」に同調しないと「協調性がない、和を乱す」となる。
物事の正否・善悪、すなわち“事理”に、上も下もない。はなから縦社会の論理で、もの事が決められるのであれば、議会も議論も無用の長物である。
お金への執着心については?
お金にしか興味がない人がいる.単に、お金、お金、お金と.そんな人にとって、この危機が起きたとき、ひどく動揺する.もちろんお金は重要だ.お金なしには生きられない.
しかし、お金は価値をはかるだけのものではない.我々にはお金以外にも価値を持っている:幸せな家族、思いやり家族、家族の深い愛情、思いやりのコミュニティー.この価値観を持っている人は、この危機での動揺はすくないはず.
この危機は、私たちに他の価値観を気づかせてくれるいい機会だ.お金だけには限界がある.
日本の優れた文化というのは、「公式には」、「体面的には」誰からも評価されていないものだった。そして公式に、体面の上からも評価されるようになるとその文化は潰えてゆく。
つまり、日本人の精神の根幹を為す要素というのは「中二病」です。中二病こそが日本人の大いなる病理にして美徳なのだと思います。世間からは評価されていないとされているものを「みんなと一緒に自分だけの楽しみとして楽しむ」という一見何が何だか分からない歪んだ精神が日本の文化を育ててきた。